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                 鎌倉宮(かまくらぐう)  
由来
鎌倉宮は、後醍醐天皇の皇子大塔宮護良親王を祭神として、明治2年(1869年)に 建武の中興に尽くしたものの若くして命を奪われた護良親王の遺志を後世に伝えることを望まれた明治天皇が創建しました。また鎌倉宮は、別名大塔宮と呼ばれています。このあたりは、護良親王が、足利直義に幽閉された東光寺のあった所です。社殿の背後に親王が幽閉されたという土牢があります。
大塔宮・護良親王
後醍醐天皇の第三皇子です。元弘の変が起きると、後醍醐天皇を援けて吉野、熊野等で鎌倉幕府討幕運動の中心として、活躍しました。鎌倉では足利直義のもと、東光寺の土牢に幽閉された。建武二年(1335)に、北条高時の遺児・時行が鎌倉へ乱入する、中先代の乱で、足利直義が背走する時に、護良親王を殺害しました。その首は藪の中に捨てられ、その首を葬ったのが理智光寺の住職だった。
「鎌倉宮」の名前天皇が自らつけられた。護良親の墓は、その理智光寺跡の谷にあり、宮内庁が管理しています。急な石段を登った山頂に、石垣で囲まれた中にお墓があります。
 見所
護良親王幽閉の土牢
本殿の裏にある土牢は、足利尊氏に捕らえられた護良親王が幽閉されていたと伝わる岩窟。中の広さは4メートル四方で、ここに九ヶ月間にわたって幽閉され、その後に足利尊氏の弟・直義により殺害された。
鎌倉宮の紅葉
紅葉の鮮やかさには定評のある名所。特に、社務所前にあるカエデの大木が美しい
薪能
10月。野外でかがり火にてらされ、月明かりの元での薪能は幽玄の世界に浸れる
(要予約)

宝物殿
元々は1873年に明治天皇が鎌倉宮へ行幸された際の行在所として建設された建物。
館内には、鎌倉宮の祭神である護良親王ゆかりの品々や、歴代連合艦隊司令長官の書など多数くの宝物を展示している。
 
獅子頭守
獅子頭は古くから「厄(悪いもの)を食べ、幸せを招く」と言われています。今では「厄除け・幸運招来・交通安全・身代り」などの願いを叶えるお守として授与されています。 
獅子頭守
拝殿前には、鎌倉宮の伝統とも言える「獅子頭守」(ししがしらまもり)が参拝者の皆さんを迎えてくれます。
ご祭神の護良親王が戦の時に兜の中に獅子頭の小さなお守りを忍ばせて自らの無事を祈った事が由縁となっています。鎌倉宮の創建当初からのお守りです。
例大祭
ご祭神 護良親王のご薨去の日をもとに定められた鎌倉宮最大の祭典。(8月20日10:00より)
本殿
本殿の後方にある土手の穴が、親王がおよそ9か月間幽閉されていた土牢であるという古伝承がある。
 
行事  鎌倉宮の主な行事 (8月)例大祭 (10月)薪能    
散策 鎌倉宮を含めた散策コースを紹介。  
      
二階堂周辺散策コース
基本情報              アクセス JR横須賀線「鎌倉駅」東口から京浜急行バス、終点「大塔宮」下車徒歩1分。
住所 〒248-0002 鎌倉市二階堂154
TEL
0467-22-0318
定休日 無休
拝観時間 【2月~11月】9:30~16:30(最終受付16:00)
【12月・1月】9:30~16:00(最終受付15:30)
神苑は10:00~16:00
拝観料 【境内】無料
【土牢・宝物館・神苑】大人300円、小学生以下150円
駐車場 あり(20台  1時間430円)
HP  鎌倉宮HP 
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主な周辺情報
(画像がリンクします)
       
     
永福寺跡     護良親王の墓所     瑞泉寺
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