三浦一族の墓
由来
頼朝の墓の右奥に三浦一族のやぐらがある。宝治元年6月5日、白旗神社で北条軍に攻められ三浦泰村以下一族郎党500余人が潔く自決し、葬られたところである宝治の乱。近くに同時に自決した島津忠久と毛利季光の墓がある。
      三浦一族の墓 
所在地とアクセス 鎌倉駅徒歩20分
地図へ

     名所一欄へ戻る