由来 常立寺は今は、日蓮宗の寺であるが、元は真言宗の寺であった。近くの滝の口の刑場で処刑された刑死者を弔う為に出来た寺であった。文永11年(1274)10月蒙古の王・クビライは3万3千隻の船で対馬・隠岐を襲い、19日には博多湾に上陸をした。日本軍はたちまち敗走したが、台風により蒙古軍の船が難破し1万余りの兵が水死し、蒙古軍は引き上げていった。 鎌倉幕府は蒙古の再来を恐れて腐心をしていた。建冶元年(1275)4月蒙古の国使・杜世忠ら5人が長門国(山口県)にやって来た。そして9月に鎌倉に到着した。蒙古は降服を要求したが、時の執権。北条時宗は蒙古の国使5人を9月7日に滝の口刑場で斬った。死骸はこの常立寺に埋葬され、ここに5基の五輪塔が建ったのである。元使五人塚と言う。 その6年後、弘安4年(1281)5月に蒙古は兵力14万、軍船4400隻で再来したが、再び台風に襲われ、蒙古軍10万人が水死。こうして北条時宗は日本の国難を切り抜けることが出来た。 |
| | 蒙古の国使5人の塚 | | 所在地とアクセス | 江ノ島 江ノ島駅(江ノ電)徒歩3分 |  | | 地図へ |
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