文覚上人屋敷跡
由来
滑川に架かる大御堂橋のたもとに「文覚上人屋敷跡」の碑がある。文覚上人(?〜1203)は、もとは武士で、遠藤盛遠といった。盛遠は源盛の妻・袈裟御前に横恋慕し誤って殺害したことから出家し、熊野山などで荒行を続け修行をした。のちに京都神護寺再興の勧進で後白河法皇に参加を強要し、逆鱗に触れ伊豆へは配流された。配流地の韮山で源頼朝と出会い、平氏打倒の挙兵を薦めた。後に頼朝の援助で江ノ島に弁財天を勧請し、また神護寺の再興に貢献した。文治元年(1185)、頼朝が勝長寿院を建立するにあたり、頼朝の父・源義朝の首を京より持ち帰ったという。
    文覚上人屋敷跡の碑
所在地とアクセス ・鎌倉市雪ノ下
・鎌倉駅徒歩20分
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