| 由来 元弘3年(1333)5月18日、新田義貞の鎌倉攻めのおり、多摩川の分倍河原(ぶばいかわら)の戦いに敗れた北条軍は一気に退いて、この地に布陣した。新田軍の前面は掘口貞満軍、守は北条軍の将・赤橋守時。両軍がここで激突し、5月18日終日、戦いが続いた。一昼夜に65度に渡る切りあいがあり多数の戦死者がでて、始め、6万騎あった幕府軍は、新田軍の猛攻にあい、ついに300騎ほどになってしまった。赤橋守時は自害した。この激戦地に碑が立っている。 |
| | 州崎古戦場跡の碑 | | 所在地とアクセス | ・鎌倉市山崎 ・湘南町屋(湘南モノレール) 下車徒歩5分 地図 |  |
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