永福寺跡(ようふくじあと)
由来
源頼朝は鎌倉に3つの大きな寺院を建立した。一つ目は鶴岡八幡宮、二つ目は勝長寿院、三つ目は永福寺である。現在、残っているのは鶴岡八幡宮だけで後の2つは焼失してしまった。この地は周辺約9万平方メートルは源頼朝が建立した永福寺の跡で、国指定史跡に指定されている。この寺は、源義経藤原泰衡を初め、奥州合戦の戦没者の慰霊の為に建てられた寺で、平泉の二階堂大長寺院等を模倣して、文治5年(1189)12月に工事を着手した。

堂は左右対称に配置され、二階堂を中心に北側に薬師堂、南側に阿弥陀堂が配され、東を正面にした全長が南北230mの大伽藍であった。また、前面には、南北200m以上の池が作られていた。応永12年(1405)に焼失してしまったが、二階堂という地名だけが
残っている。
        
       永福寺の跡
所在地とアクセス ・鎌倉市二階堂
・鎌倉駅徒歩25分

永福寺のCG

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       永福寺の復元図
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