浄妙寺 
由来
淨妙寺は臨済宗建長寺派の古刹。鎌倉五山の第五位で文治四年(1188)に、源頼朝の忠臣で豪勇であった足利義兼が開創し,始めは極楽寺と称した。開山は退耕行勇と伝えられる。行勇は、はじめ真言密教を学んだが栄西の門下に入り臨済禅を修めた。源頼朝政子実朝も帰依した高僧である。
至徳3年(1386)室町将軍・足利義満が五山の制度を定めた頃は七堂伽藍が完備し,塔頭23院を数える大寺院であったが火災などのために衰退し,現在は総門,本堂,客殿,庫裡だけ残っている。足利尊氏の父・貞氏が中興開基で墓地に貞氏の墓と伝えられる宝篋印塔がある。本尊は釈迦如来で、境内は国の指定史跡となっている。
       本堂
見所 足利貞氏(足利尊氏の父)の墓
・開山・退耕行勇座像(重文)
・梅、サルスベリ,方丈書院前の百株のボタン
(ボタンの見所は4月中旬頃)
・庵で,枯れ山水を眺めながら抹茶が飲める(有料)
花暦 (1月)ウメ・ツバキ(5月)ボタン(8月)サルスベリ
所在地とアクセス ・鎌倉市浄明寺
・鎌倉駅徒歩25分、またはまたは京急バス鎌倉駅発十二所方面行き淨妙寺下車3分
・TEL 0467-22-2818
・拝観料 100円
・拝観時間 9:00〜16:00
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       喜泉庵の庭
      足利貞氏の墓

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