岩船地蔵
由来
北鎌倉駅から歩き、亀が谷切通しを下った丁字路のところに岩船地蔵がある。最近造り直されて新しい建物になってしまって寂しい感がする。堂内には白顔の地蔵が安置されている。源頼朝の息女・大姫の念持仏と伝えられている。日本三大岩船地蔵の一つである。大姫は不幸な娘であった。人質で鎌倉へ来ていた木曽義仲の嫡男・義高と馴染んでいた。木曾義仲が近江粟津で源頼朝の追討軍に殺害された後、頼朝は人質であった義高も殺害した。義高が殺害された後、大姫はノイローゼとなり頼朝、政子の祈願も空しく、建久8年(1197)、20歳の若さで亡くなった。哀れな死をいたむ北条、三浦、梶原など多くの人々が、この谷に野辺の送りをしたと伝えている。木曽義高の墓常楽寺の裏山にある。
     岩船地蔵  
所在地とアクセス ・鎌倉市扇ガ谷
・鎌倉駅徒歩15分
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