| 由来 鎌倉五山第二位の円覚寺は、鎌倉幕府八代執権・北条時宗が弘安五年(1282)に創建した臨済宗・円覚寺派総本山である。文永・弘安の役で蒙古の大軍を撃破した時宗は、両軍戦死者の菩提を弔い、己の精神的支柱となった禅宗を広めたいと願い、その師・無学祖元(仏光国師)への報恩の念から、祖元を開祖に円覚寺を建立した。 仏日庵(開基廟)は、初め時宗の廟所とその墓堂として建立しましたが、後に堂内には時宗以外にも子供の北条貞時、孫の北条高時の尊像が安置されるようになった。黄梅院は、時宗の夫人の覚山尼が時宗の菩提を弔う為に建立した。元弘三年(1333)、新田義貞の鎌倉攻めで北条氏が滅びた後も、寺は繁栄し盛時には七堂伽藍で塔頭(小寺院)も42院の規模まで拡大した。 円覚寺境内の地図へ |